すずしろ苑の聖護院ひじり様に頂きました!
「グランツ領の件は北部の独特の地形が話をややこしくしている。それについてはダイスラー卿が専門だ。あとで直に話を聞くと良い。あっちの…フェッセル卿の右側に居るモスグリーンの上着の男だ」
ヴォルフラムが示す先を確認してユーリは頷いた。
春の初めの夜会の席。豪奢なシャンデリアの元には、軽やかな円舞曲と和やかなさざめきが満ちていた。
コンラートの代わりに護衛に就きながら、ユーリが疎い学術方面の助言をするのに、神妙に聞きているふりはしているが。
「ここにあらず、だな」
忠臣の顔を捨てるとあきれ果てた声になった。
「なんだよ」
「どうしておまえはそんなにも余裕がないんだ」
ヴォルフラムの暴言にユーリも国王らしからぬ仕草で口を尖らせる。
「悪かったな」
コンラートは十貴族の御令嬢の社交界デビューの相手役に大抜擢で、フロアの真ん中でエスコート役を務めていた。
上王陛下の次男坊という身分にかかわらず、父親が人間という理由で長年迫されてきた彼だが、魔王自身も混血の治世が百年も続けば、それも問題でなくなってくる。
それにしても年を喰いすぎだ。あれならすでに親子だろう。それでも手頃なのが居ない場合は最善か。口にするには不適切な発言を胸の内で呟いて。しかし、年が不釣り合いだろうと見栄えすることは、ヴォルフラムも認めざるを得ないところだった。
他の芸術面はともかく、昔から踊りだけは上手い。あと、あのうすら寒い笑顔も世間には良く映るだろう。
それでも、今更それに焦がれるような眼差しを投げかけるのはどうかと思うが。
「…いい加減飽きないか」
倦怠とも慣れとも無縁らしく、魔王はヴォルフラムの言葉に口を曲げた。
ええい、相手の令嬢を妬ましそうにするな! この広間にいる者は残らず、それこそ給仕に至るまで、あの男が誰の物なのかなんてことはわかっているのに!
第一、それが前提の人選だ。婚礼の節に邪魔にならないダンスの相手として、そんなコンラートはまさに適任だったのだ。
癪だ。ヴォルフラムは自分が険しい表情になっていることを自覚した。ユーリの不愉快が伝染したのか。それとももっと根深い、自分自身の鬱屈か。
ヴォルフラムはユーリのグラスを取り上げた。ユーリの手を受ける形で、それでも逃がさないようにしっかり掴んでフロアまで引っ張っていく。
「何を」
囁き声の抗議を「踊ってやる」と返して腰を抱いた。
同性で組むことも珍しくない国だ。しかも以前は婚約していたこともある二人だ。
「おまえだけがやきもきするのは嫌なんだろう」
ユーリがヴォルフラムと踊っているのを見て、果たしてあの男が嫉妬するかどうかは知らないが。
ユーリがさんざん甘やかしてつけ上がらせたせいで、コンラートは今ではすっかり忌々しい自信を身につけてしまっている。自分はユーリに愛されているという自信をだ。
コンラートに対する苛立ちは、ユーリへの憐憫にすり替わる。なのにおまえはどうだ。こんな茶番にまでいちいち心をざわつかせて。
フロアは広かったが、ステップを踏みながら向かううち、ユーリの後ろにコンラートの姿が現れた。コンラートは二人で一体何をしているのかと目で訊ねてきた。
ほら。ますますユーリが憐れになる。
ヴォルフラムはユーリのつむじに鼻先を埋めた。
「何やってんだよ、喧嘩売ってんのかっ?!」
身長差をからかわれているとしか思っていないユーリの抗議は、曲に紛れ、共にステップを踏むヴォルフラムにしか聞こえはしない。
そのまま艶やかな黒髪を滑り耳に寄せ、腰を抱きよせた。
すかさずユーリが足を踏みつけてきたが、余裕の笑みは崩さないでいた。とりすましたコンラートの眉がぴくりと吊るのを認めれば愉快で、それは、さほど難しい事ではなかった。
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